第5回 サボテンの本|本棚からひとつまみ/玉井建也

コラム

 雪が降り始めた。四国出身としては山形に最初に来たとき、降雪だけでテンションが上がったものである。ただし5分で気分は下がってしまった。寒い。とにかく寒い。5分で十分である。

 四国で生きているあいだで雪が降ったのは小学生だったとき一度きりであり、担任の教師が授業をやめにして外で遊ぼうと言い出して雪合戦をした記憶がある。授業をしないと学修時間は減っているので、実は大問題だったのではないかと今なら思うが、あの当時はそのぐらい珍しいものだったのだ。というのを高知県で雪が降ったというニュースを見ながら書いていると、2022年に小学生をやっていたら授業が休みになって雪合戦をすることはないのかもしれない。高知だけではなく愛媛でも降雪しているし、四国で雪が降ること自体は数年に一度ニュースになっているので、あのとき味わった一生に一度しか経験できないかもしれないという特別感はもう存在していないのかもしれない。

 雪国に来るまでは雪の上を歩くとか、雪が空から舞い落ちるなかを進むとか、ユニクロのヒートテックには極暖よりも分厚いものが存在することなど考えもしなかった。雪に触れるのはフィクションのなかであって、脳内で再生するだけのものだったのだ。実際に経験すると自分自身の想像力のほんの少し先を現実は進んでいることを痛感している。

玉井建也 #05 戸田義長『雪旅籠』 書影
戸田義長『雪旅籠』(創元推理文庫、2020年)
玉井建也 #05 宮部みゆき『浦生邸事件』 書影
宮部みゆき『浦生邸事件』(文春文庫、2000年)
玉井建也 #05 佐々木倫子?綾辻行人『月館の殺人』(上下巻、IKKI COMICS、2005?2006年) 書影
佐々木倫子?綾辻行人『月館の殺人』(上下巻、IKKI COMICS、2005?2006年)
玉井建也 #05 古橋秀之『冬の巨人』(徳間デュアル文庫、2007年) 書影
古橋秀之『冬の巨人』(徳間デュアル文庫、2007年)

 さて、大学が冬休みに入ろうとするタイミングで、大寒波がやってきて、山形は大変な状況である。なかなか理不尽なのだが、世の中そういうもので、小学生のとき授業そっちのけで行った雪合戦は、水分を多く含んだ雪だったため雪玉が泥団子と化し、最後に教室で「みんなが私を狙って雪玉を投げてきたから、ジャンパーがこれほど汚れてしまった」と教師から説教をくらってしまった。やろうと言い出したのは、そちらではないか、というのは通じない。山形に来て初めて乾雪の存在を知り、体感したわけだが、あのときの教師と自分たちは何も知らなかったのだ。まことに理不尽である。

(文?写真:玉井建也)

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玉井建也(たまい?たつや)
玉井建也(たまい?たつや)

1979年生まれ。愛媛県出身。専門は歴史学?エンターテイメント文化研究。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。東京大学大学院情報学環特任研究員などを経て、現職。著作に『戦後日本における自主制作アニメ黎明期の歴史的把握 : 1960年代末~1970年代における自主制作アニメを中心に』(徳間記念アニメーション文化財団アニメーション文化活動奨励助成成果報告書)、『坪井家関連資料目録』(東京大学大学院情報学環附属社会情報研究資料センター)、『幼なじみ萌え』(京都造形芸術大学東北芸術工科大学出版局 藝術学舎)など。日本デジタルゲーム学会第4回若手奨励賞、日本風俗史学会第17回研究奨励賞受賞。
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