文芸学科Department of Literary Arts

平千夏|熟れる
青森県出身
石川忠司ゼミ
小説

「自分にとことん近い話を書くことで自身の整理を行い集大成とすること」がこの小説の目的です。自分が書いたもので自分に影響を及ぼすくらいに近い話を目指しました。「女であることの疑問」をネガティブな形で飲み込む話なのでポジティブな解決にはなりません。書いていて生きていく中で嫌でも世間に迎合する必要があると実感しました。女として「熟れる」ことが本当に必要なのか、それが何なのか、自分にはまだわかりません。

<本文より抜粋>
 ほら、楽になった。親も私を望んでる。だから、これでいい。あーだこーだ言わないだけでみんな優しい。こうしておけば少なくとも世間から何か言われることはなくなる。私はこれで居場所も得られる。わかったふりもしなくていい。そうだよね?
 桃を食べる前に氷水に浸して、着替えとメイク落としを済ませる。皮を剥くのが面倒だから半分に切って種を取ったスプーンでそのまますくった。果肉が人の肌の色に見える。立ったまま口に運べば汁気が多くてキッチンの床に溢れた。
「……美味しくない」
 甘いはずなのに、それが美味しく感じられない。むしろ中身のなさを感じる。不思議に思って数口食べ進めれば、桃ってこんな味だっけと納得してきた。割り切って完食すると口の周りがベタベタする。捨てた皮は変わらず綺麗だったが口と床を拭いたティッシュですぐ見えなくなった。
 口直しに恵美からおすすめされて買った惣菜を取り出す。フジッリというくるくるしたパスタを明太マヨで和えたものだ。程よい塩気が桃で甘くなった舌を中和してくれる。
 服の系統を変えて、恵美に教わった通りに髪を巻いた姿。慣れない丈のスカートに垂れる横髪。必要なところになくて要らないところにある気がした。どうせ慣れる、と言い聞かせる。こっちの方が生きやすいから、そのうち。
「私はさ、まあそれでもやっていけると思うんだよね」
 美味しくない桃でも完食できるのだから。